倉吉線は少々ややこしい説明がいると思うが私の説明では返って分からなくなりそうなので真剣には読まんといてな。今の山陰線の倉吉駅が1970年頃は上井(あげい)という駅名だったころ上井から盲腸のような支線が出てました、それが倉吉線です。
今では廃線となりましたがこの支線に倉吉という駅がありましたが廃線になる前に
上井駅が倉吉駅になるために倉吉駅は打吹(うつぶき)駅と名乗ることになりました。
意味分かりますか、この写真は打吹(うつぶき)駅となる前の倉吉駅の近くを流れる川に架かる鉄橋で撮ったものです。この鉄橋はレールとレールの間にひいてある板がボロボロで下の川がよく見えすぎてコワイコワイ!!汽車がいつ来るか心配やけど、それ以上に足を踏み外して川に落ちそうやった。
もう一枚はもうすぐ中学2年生という僕です。このころセーターという
衣類はあまり持ってなかったと思う、その割にカーディガンが多かった気がするが、
たぶん衣類は母親まかせだったためだと思うが汽車の写真の記憶にはたいがい寒かった記憶が付きまといます。後ろに見えるのは伯耆富士といわれる大山です。
